日常の喧騒

今日はスピリチュアルな発信をお休みして すごく日常的な話題でいきます。

スピリチュアル(精神世界)に意識を向けると 穏やかに静かな時が流れますが、現実の物質界ではいろんなことが起きます。

昨日、とても久々に怒りの解放があったり、気分が落ちるようなことがあったので 正直に書いてみたいと思います。

一昨年秋に 認知症が始まった父を福岡に呼び寄せて介護しているのですが、

介護というのは 本当に大変なものですね。

今年に入ってショートステイも利用するようになったのですが、8月は月のほとんどを施設で過ごせることになったので
やっと時間が出来てブログを再開できました。

ショートステイなので時々帰宅するので16日に戻り、各科受診や検査、今後の打ち合わせなどで色々忙しかったです。

円滑に介護体制を整えるためには必要な事ですので動くのですが、

当人の父、認知症が進んでいてなかなか必要な事ができない。

検査用の採尿をするために前夜から準備したにもかかわらず、採尿コップを避けて普通に排せつして受診予定がダメになる。。。受信予約取り直しだけど
今日しか行ける日は無いのよね、無理くり夕方に受診させてもらう了承を取る。

前もっての準備やら当日見張ることやら、待機時間やら、 たった一つの事をさせるのにどれだけの手間と時間のロスが出るか。

必要な時に必要なことができず、、しかしながら 本人は何食わぬ顔で「することがあったら言ってね」と言うのを聞くと、
もう膝から崩れ落ちそうになってしまいます。 orz

労働よりもメンタルにこたえるなぁ。。。 それでも、責めたところでどうなるわけでもなく 気にしないようにしよう と気を取り直すのですが、

翌日(今朝のこと)ずっと治っていた父の尿漏れが再開して、こちらの気持ちがなんだか折れてしまった。
 またあの状況(毎日ダダ漏れ)が来る?という恐怖がよぎる。

再度、ショートステイに送り出した後、洗濯機を回しながら ともすると涙が出てくる。

いやいや、すぐにショートステイに預かってもらって、私は助かっているじゃないの。
何で泣いてんのよ。 じっと待ってただけで大した労働したわけでもないのに。

父が食事を食べたり食べなかったりするのをじーっと待って、終われば片付けて 勝手に怒って で、1日中振り回されたのは昨日だけ。

10分に1度「で、今日はどこ行くの?」と何度も繰り返す同じ質問に 淡々と返事し、
「暇だから仕事したいなぁ~」と言ってくるのをなんとかなだめ、出来もしないことを出来ると自慢げに語るのを聞き流し、
こういう時はどんな返事をしたらいいんだろう?とか思いながら
何も感じないようにしながら時間が過ぎるとなんだか妙な精神状態になってくる。

こういう時は笑いに変えるんだ! という気力も湧かない。心が無言だ。無表情だ。感じると泣くからかな?

今日は たぶん疲れているんでしょうね。あまり欲張るのはやめて 時間はあるけど 何もしない をやってみようと思います。

瞑想、究極の何もしない。。。 つくづく 瞑想してて良かったと思います。

そう、何も起きてはいない。今は静か。

回復したらまた書きますね。